フリーランス臨床心理士になるまでの軌跡

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フリーの臨床心理士として活動するまでの記録をブログに残します。学習知識、考察、etc...

レポートとは一体何か?

レポートとは何か

レポートとは何か?

こんにちは。

 

 

つい先日に、リンクの記事を書いたばかりなのですが、そのフレームワークに沿ってレポートを執筆していたら引用文だらけになってしまい、改めて”レポートって一体なんなん?”という疑問にぶちあたりました。そこで、もう少し”レポート”という概念について理解を深めよう!というのが今回の趣旨。

 

先日投稿した記事はこちら↓↓↓

froy.hatenablog.com

 

引用だらけになってしまうのは論文としてNGか?

今回の目的は、この問いに答えるべく執筆しているため、まずは、結論から述べます。その答えは、もちろんNGです。そうすると、以下に記すような、2つの疑問が浮上してくるわけで、問題はそちらです。

 

①なぜNGなのか?

②「◯◯についてまとめよ」という題目でレポート作成を求められた時、どのように執筆すればいいのか?

 

前述の通り事の発端は、過去記事にあるので、今回は②番の問いを掘り下げる形式で話を進めることにします。

 

 

よって、この記事の読了後あなたは、 

引用を極力減らし、自分の言葉でレポートを書くためにどうすればいいのかが理解できてる”状態になれます。

 

参考文献

 本題に入る前に、宣伝。このエントリーは下記の書籍を参考にしているため興味がある方は一読してください。

 

 

 

 

結論 

では、結論に移ります。

引用を極力減らし、自分の言葉でレポートを書くためにどうすればいいのか?

 

そのためには、抽象化した内容を言語化することだと僕は考えます。具体的には、レポートで取り上げるべきテーマについて、複数の書籍・論文などで書かれている共通部分を抜き出し、そこを文章化するのです。

 

 

例えば、「応用行動分析についてまとめよ」という題目でレポートを課されたとしましょう。そこであなたは、”書籍X”と”書籍Y”のそれぞれに目を通すことにしました。書籍Xには、応用行動分析について”A”と”B”という内容が書かれています。一方で、書籍Yには、"A"と"C"という主張が述べられています。この場合、どちらにも記載のある"A"について書くという判断を下すことができます。

共通部分を自分の言葉で文章化する

共通部分を自分の言葉で文章化する

 

 以上が僕の主張です。

 

 

そして、その手がかりが、先ほどの書籍にあるのですが、以下にその二箇所を引用しておきます。

研究レポートは、”I”や”we”の感想や意見を述べたものではありません。また、読む人の心に訴えて、その人の共感を求めるものでもありません。レポートは、感情ではなく、理性に訴える文章です。個人的な感想や意見ではなく、客観性のある事実や論理によって、事実を明らかにし、あるいは疑問に答えようというのが研究レポートです

(引用:大学生と大学院生のためのレポート・論文の書き方,p13)

 

もう一箇所がこちら。

研究レポートがより説得力を持ち、真実の探求に貢献するためには、Aという内容がAと理解される必要があるのです。

(引用:大学生と大学院生のためのレポート・論文の書き方,p14)

 ここで注目すべきは、”客観性”というキーワードであり、その意味が、”Aという内容がAと理解されること”だと僕は受け取っている。というのも、著者は、”A”という内容の客観性が担保されるためには、人によって認識が異なっていはいけないと言うことも述べている。ということは、逆説、Aという内容に3人が目を通し、1人は「Aだね」と言うが、他の2人は「Cだね」と言う様では客観性が担保されてるとはお世辞にも言えないのです。

 

故に、先ほどの図版で示した、書籍Xにある”B”という内容や、書籍Yにある”C”という内容をレポートに記述してしまうと、”客観性の担保”という観点からは減点になります。なぜなら、それをレポートの題目に含むか否かは人によって解釈が異なるからです。

 

まとめ

以上の様に、レポートを書く際は、客観性を確保せねばならりません。そのためには、複数の判断材料を用意し、その共通点を抜き出して言語化する作業が必要になるでしょう。ちなみに、そのための判断材料は最低でも3つ準備すべきです。先ほどの事例だと、BとCという内容については客観性が全く担保されていないが、仮に3冊目の書籍を読んで、Bという内容は記載があり、Cという内容については触れられていなかっとしたらそれぞれの”客観性の度合い”はどの様に変化するでしょうか?その点を考慮すれば、”良いレポート”を練り上げるための道は照らされている様に思います。